大判例

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名古屋高等裁判所 昭和37年(ネ)636号 判決

名古屋市中村区日置通一丁目六番地

控訴人(原告)

株式会社 富国庶民金融

右代表者代表清算人

梅尾道久

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

太田耕治

助藤保三

名古屋市中村区牧野町六丁目五番地

被控訴人(被告)

名古屋西税務署長

金井重長

右指定代理人

林倫正

北河登

右当事者間の昭和三七年(ネ)第六三六号法人税更正通知変更請求控訴事件につき、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二八年六月三〇日付をもつてなした控訴人の昭和二六年五月一日より昭和二七年四月三〇日に至るまでの事業年度における所得金額を三〇〇、八〇〇円と更正した処分のうち四八、八六六円を超過する部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、立証関係は、次に付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は

一、本件事案における優待金の支払を受けるには株主になることが先決であるところ、控訴会社の株主になるには理論的には新株発行に当つて自らこれを引受けるか、株主からその所有にかかる既発行株式を譲受けるかの二つの方法が考えられるが、控訴会社は連日新株を発行しているわけでなく、新株は取りあえず、役員または縁故者等特定の者に割当て引受けさせるわけであつて、それから右株式の譲受希望者を募集し、それに右株式の買受け方を斡旋する。その株式の譲渡は被控訴代理人主張のとおり右特定株主と株式譲受希望者との間の契約によつてなされるが、前記一括引受をなした特定株主は本件事案における既述の受融資権または優待金支払請求権のいずれかを選択して行使できる契約上の権利を具有する株式の所持人というべく、この権利は株式の譲渡によつて新株主に移転するのである。

されば、右の株式譲渡はその実体において株式譲渡代金の支払を停止条件とする前記選択権の譲渡契約にほかならない。そして、この場合において株式譲受人は右譲渡契約とは別個の契約を控訴会社との間に結び、これにより確定的に優待金支払請求権を取得するに至るのである。けだし、株式譲渡の当事者間だけの契約では控訴会社にこれを対抗できないからである。つまり、株式譲受人は控訴会社の営業案内書記載の株主優待金を受ける契約を控訴会社と締結するとともに、株式譲渡人との間に株式の譲渡契約を締結しその譲受代金を支払つて株主となるのである。ただし、右にいう株主とか株式譲渡代金とかいうものは実体を伴わない形式的なものであつて、実体は優待金なる名目の一定利率による利息を伴う金銭消費寄託契約にほかならない。そして、その元本が株式払込金になるわけである。

二、株主優待金を商法上不適法な利益配当であり、法人所得の計算上損金性の否定される支出の(二)の利益の処分として益金に計上すべきと考えることはやはり昭和三五年一〇月七日の最高裁判決に抵触するところである。

右判例は所得税法九条一項二号にいう利益の配当は商法の前提とする利益配当と同一観念を採用していると解したうえで、所得税法の利益配当とは、商法の見地からは不適法とされる配当であつても含まれると解している。このうちにはいわゆる「かくれた利益配当」も入るのであつて、しかも株主優待金は所得税法上利益の配当に当らないと判示されている。されば、原判決の見解は右判例と反するものである。

三、法人の無償行為であつても、特にその損金性を全面的に否定した法令が存しない以上、当然に損金性を否定することはできない。そして、法人税法においてかような規定はなく、かえつて、法人税法第九条第三項は寄付金のうち所定の計算による金額を超える部分は損金に算入しない旨定めて、無償行為のうち、もつとも、事例の多い寄付金について寄付金が本来損金性を有することを前提としているわけである。されば、本件優待金の支出がかりに無償行為であるとしても、命令の定める範囲を超えていることを明白にしなければ損金性を否定できないわけであるというべく、法人税法施行規則第七条によれば損金性を否定されるものは資本金額に千分の二、五を乗じたものと、所得金額に百分の二、五を乗じたものとの和の二分の一である金額を超えた部分であるから、本件優待金二五二、〇一九円のうち二三、八六〇円までの部分は当然損金性を有するのである。

法人の事業継続上不必要な支出は被控訴代理人のいう「かくれたる利益処分」として、その損金性が否定されるかというに、控訴人はわが税法上の解釈として当該支出が法人の事業継続上必要であるかどうかは関係ないと信ずるのである。それは前記寄付金に関する規定をみても明白であつて、寄付金が法人の事業継続上不必要なものであることは何人も否定し得ないところである。

また、法人税法第三〇条も同族会社の行為又は計算の否認に関し、当該支出が法人の事業継続上必要であることを損金性の要件としない立場ではじめてその存在を意義付け得る規定であり、被控訴人のような見解では同族会社における株主が自己の利益を図つて会社の経営上不必要な支出をなさしめても、当然損金性が否定されて、かような規定を特に設ける意味がないのである。

さらに控訴人の見解に従つても法人税は増加せずとも当該支出の相手方において所得が当然発生するから、これに所得税を賦課すればよいのであつて、税収入が格別消長を来すことはないのである。しかも、被控訴人の見解によると政府は法人の全支出について、果して当該支出が事業継続上必要であるか否かについて調査を遂げる必要が生じ、とうていその煩に耐えないのである。

五、被控訴人が本件所得金額について昭和二八年六月三〇日付でした再更正決定通知の計算内容のうち株主優待金を除くその余はこれを争わない。

しかし、昭和二九年三月一五日付再々更正決定通知というものの計算内容については市町村民税の納付額がいかにあるかすでに一〇年余を経過して書類も散逸してしまい知る由もないから、これを争う、また、再々更正の告知、その到達については否認する。なおその点の立証を被控訴人においてなすことについては、時機におくれた攻撃防禦方法として却下するべきである。

被控訴代理人は、

一、(1) 本件事案における株式代金なるものは加入者が控訴会社に対して有する債権ではなく控訴会社の増資に際してある特定株主が増資新株の一括引受けによつて取得した新株式を加入者に譲渡した際の譲受代金として加入者が旧株主に対して支払つたものにほかならぬから、この株式代金の授受の当事者は、新規株主(加入者)と旧株主(一括引受をなした株主)であつて、控訴会社はこの取引に対しては純然たる第三者であり、かような立場にある控訴会社が加入者に対し利子を払う理由は全くない。

(2) しかも、控訴会社は株式会社として適法に登記を完了し、また、その資本の増加に対しては正当の手続に基いて増資を完了したものであり、控訴会社が増資に際しある特定株主から一括引受けを得た際に増資払込金の払込を受けたことは控訴人主張のとおりであるが、これ以外には控訴会社は事業資金として加入者から資金の借入をなした事実のない本件においては優待金と称する借入金の利子を支払う理由がない、したがつて損金との主張も当を得ないのである。

二、控訴代理人主張の最高裁判決は法人税の問題としての優待金の性質にはふれていないのであるから、原判決の見解が右判決に反するということにはならない。

被控訴人の主張は「かくれた利益の処分」であるというのであつて、利益の配当というのではない。「かくれた利益の処分」は貸借対照表上は利益として計上せず、決算前に損金計上の方法により貸借対照表上は利益がないかのように装つてなす利益処分の方法である。これは、事実を特に仮装隠べいせず民法上有効な法律行為をなすことによつて税の負担軽減をなす場合であるから、脱税犯として訴追される心配はなく、重加算税を課税されるおそれもなく、したがつて、もし税務当局から公認されれば、遂には正直に貸借対照表上公然と利益を計上するものがなくなり法人税を納付する法人がなくなるような結果に至らないとも限らない。

三、法人税法第九条は法人の所得は総益金から総損金を控除したものとのみ規定して総損金の意義についてなんら規定していないし、また、国税庁通達も必しも明瞭な定義を与えていないが、法人の損益の基準を納税者の主観に一任するようなことは不合理であつて、客観的要素に求めねばならないのである。契約自由の原則に基いて民法上適法な契約を締結し、それにより利益の有無にかかわらず支払れるべき支出も、また法律行為の濫用がある以上は「かくれた利益処分」となるから税法上損金とならないというべきである。それ故前記最高裁判決も「優待金の全部もしくは一部が法人所得の計算上益金と認められるかどうかの点はともかく」といつているのであつて、控訴人の主張はかような点に留意しない誤りがある。

四、およそ、損金性を否認される法人の支出には控訴人の限定する三種のほかに法人が出資者に対して無償で供与する財産上の利益がある。これは資本の払戻や、利益処分のうち最高裁判決のいう利益配当にも該当せずさりとて役員賞与にも当らないが、たとえば、会社が出資者たる社長に対し会社所有不動産を時価より安く売却した場合、または一定の範囲内では経理上会社の損金となる社長の報酬を同種同格の他の会社の社長の報酬より不当に増額した場合会社は損金支出をし、それだけ利益減少により税金の軽減をはかれるようなことが税法上許されるものとはいえない。これを「かくれたる利益処分」というのであつて、税の負担の切り盛りを納税者自身ですることが許されないということである。

五、税法の解釈として所得を得るための必要な反対給付として支出する場合に限り損金となるのであつて、本件の優待金にしても必要経費でないから、もとより損金とは認められない。被控訴人としては税務調査の結果これを法人所得計算上損金に該当しないものとして申告所得金額に加算したものである。

金融業に必要な経費の主要部分を占めるものは貸付金の財源たる借入金に対する利子であるが、本件の場合は貸付金の財源はことごとく、これを外部負債たる借入金に求めないで全部内部負債たる株式の払込金に求めるのであるから、必要経費の主要部分たる借入金の利子を支払う必要がなく、貸付金の利子による収入の大部分はこれを利益として計上しなければならなかつた。

なお、本件の優待金は資金の運用利益による分配であるから控訴代理人のいう寄付金に当らないことは当然である。

六、被控訴人が本件所得金額について昭和二八年六月三〇日付で三〇〇、八〇〇円とする再更正を行つた課税処分の内容は次のとおりである。

1  会社計上当期利益金 二、六八〇円

2  所得に加算した金額

(1)  損金に計上した法人税 一二〇、〇二五円

(2)  損金に計上した市町村民税 一四、六五二円

(3)  源泉徴収加算税 二、八七六円

(4)  仮払金 一四、四八四円

(5)  株主優待金 二五二、〇一九円

加算金額計 四〇四、〇五六円

3  所得から減算した金額

(1)  当期において確定した利子税額 九、五一六円

(2)  税引当金から支出した地方税 五七、一〇五円

(3)  未収入利息繰入 一二、五〇〇円

(4)  未納事業税引当 二六、七三〇円

減算金額計 一〇五、八五一円

右の1に2を加算し、3を減算した額が三〇〇、八八五円で一〇〇円未満の端数を切捨て、三〇〇、八〇〇円となる。

そして、右の2の(1)ないし(4)および、3の(1)ないし(4)の項目については控訴人の認めているところであり、2の(5)について本件で争いとなつているわけである。

ところが、右2の(2)の市町村民税が二八、七八八円が正当であることが判明したので本件所得金額を三一五、〇二一円とし一〇〇円未満の端数を切捨てて、三一五、〇〇〇円とする旨の再再更正処分が昭和二九年三月一五日付でなされたものである。その納税告知については右法人税の更正通知書に昭和二九年四月一五日を納期限とする右更正した税額の納税告知書を添付し普通郵便をもつて控訴人宛発送したものであり、以後右郵便が名古屋西税務署に返送された事実がないから、その頃控訴人に配達された筈である。

証拠として、控訴代理人は、甲第五、六号証を提出し、当審における証人宮崎関雄、同栗木忠雄、同内藤康子の各証言、控訴会社代表者本人尋問の結果を援用し、乙第二三号証の成立を認め、被控訴代理人は乙第二三号証を提出し、甲第五、六号証の成立を認めた。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求を理由がないと認めるものであつて、その理由は次に付加するほかは、原判決理由記載のとおりであるから、ここに右原判決の記載を引用する。

一、控訴代理人の当審における新たな主張一については、本件全立証によるも、控訴会社の新株の一括引受をなした特定株主が受融資権あるいは優待金支払請求権を有するもの、または本来有するものとは認められない(原審および当番における控訴会社代表者本人の供述も、右特定株主が優待金支払を受けることはないというのであり、それが右特定株主に限つてかかる権利を有しない旨述べているからといつて元来右のような権利を有するとか、控訴会社と優待金支払契約をしたとかいうことは認められない)のみならず株式譲渡に伴つて、右特定株主が株式譲受人に本件において問題となる他の権利を譲渡したと認めることは困難であり、結局株式譲受人たる客が控訴会社と付帯契約したと主張するに過ぎないことになるのであり、株式譲受人は株式譲受代金と別に二重に掛金あるいは貸付金の払込をするわけでないこと弁論の全趣旨に明白であるから、株式代金を控訴会社に対する寄託金に見たて、殖産無尽類似の契約関係を設定する外観を装うに過ぎないものと認められる。従つて、右の株式譲受人と控訴会社との契約なるものは、一方刑事罰を免れるために考えた株式譲渡の代金(本件においては株主権が実質的にもある)を他方には自己資本による営業活動によつて税金の多額となるのをさけるための借入金に仮装するものであつて、法律行為の濫用に類するものであり、控訴代理人主張のように株主がその地位と別個に有する契約上の地位がありとすることは相当でない。

二、控訴代理人援用の高等裁判例も「優待金はその全部もしくは一部が法人所得の計算上益金と認められるかどうかの点はともかく所得税法九条二項にいう利益配当には当らず」といつているのであり、最高裁の説示する「利益配当」が本件における優待金のように「かくれたる利益配当」までを含めているものとは考えられないのであつて、右判例が本件に適切でないことは、さきに説示(原判決引用)したとおりである。

三、本件優待金の支払は、弁論の全趣旨を通じて、自己資金の運用による利益の分配の性質を有することは明白であるから、これを寄付金と同視して寄付金に関する法人税法関係法令を引用してなす論旨は適切でなく、その主張は採用できない。

四、法人の事業継続上必要な支出かどうかの点は被控訴人の主張に対する反論であるからこの点については特に判断を加えるの要はなく、当審における証人宮崎関雄、同栗木忠雄、同内藤康子の証言控訴会社代表者本人の供述中以上の判断に反する部分は信用できず他に右判断を左右するに足る信用すべき証拠はない。

よつて、原判決を相当として、本件控訴を棄却すべく、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 渡辺門偉男 裁判官 小沢博)

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